時不待人 時間は人を待ってくれない。 およそ形あるものはすべて時間なのである。 これを仏陀は「諸行無常」と説かれたのである。 自分というこの存在が、絶え間なく変化している時間そのものだとすると、ひとときものんべんだらりとしてはいられないはずである。 しかも時間はただ動いているだけではない。 もっと切実な言い方をすれば、時間は閻魔大王からもらった命の水であり、それがこの身体というバケツの底の穴から、今もポトンポトンと「漏れている」のである。 受身捨身 生児現成